やせっぽち寄稿文

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【米津玄師/馬と鹿】歌詞を徹底考察! 米津玄師が歌う"愛とは何か"


米津玄師「馬と鹿」。

ドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌であり、人間の根底にある"愛"そのものを歌い上げた、命を揺れ動かす人間讃歌である。

 

 

米津玄師が歌う"愛"

歪んで 傷だらけの春

麻酔も打たずに歩いた

体の奥底で響く

生きたりないと強く

まだ味わうさ噛み終えたガムの味

冷めきれないままの心で

一つ一つ失くした果てに

ようやく残ったもの


これが愛じゃなければ何と呼ぶのか?

僕は知らなかった

呼べよ花の名前をただ一つだけ

張り裂けるくらいに

鼻先が触れる呼吸が止まる

痛みは消えないままでいい

馬と鹿  作詞 米津玄師

味のしない人生の中で、歪んで、傷ついて、一つ一つ大切なものを失って。

最後にようやく残ったもの。

これが愛じゃなければなんと呼ぶのか?

僕は知らなかった。

 

これは、"愛とは何か?" という恒久的な問いに対して米津玄師が示した答えなのだ。

そしてこの"愛"こそが、人間を愚かで、異様で、不可解で、素晴らしい生物に仕立て上げているのである。

 

 

誰も悲しまぬように

微笑むことが上手くできなかった

一つただ一つで良い

守れるだけで、

それでよかったのに

あまりにくだらない願いが消えない

誰にも奪えない魂

馬と鹿  作詞 米津玄師

本来、この世界を生き抜くためであれば、自分一人を守れさえすればいいはずだ。たったそれだけでいい。誰かの命なんてものに構ってやる必要なんてない。

まして、誰かのために自ら傷つくなんて馬鹿げている。

 

なのに人間は、誰かを想い誰かのために苦しむ。自分を守ることを蔑ろにしてでも、あまりにくだらない「大切な人の幸せ」を願うのだ。

自分を守る、というたった一つのことすらもできないのだ。

ラグビーでいうところの、"One for all, All for one"の精神。

自らを傷つけて、一つ一つ失くした果てに、ようやく残ったもの。

人間の根底にある、誰にも奪うことのできない "愛" という魂。

それが何かの形で、ドラマで言う"スポーツ"といった形で私たちの眼前に突如として現れた時、それはとてつもなく美しいのだ。

 

 

何に例えよう?

君と僕を

踵に残る似た傷を

馬と鹿  作詞 米津玄師

お互いを思い、自分が傷つくことを厭わない"君と僕"。こんな愚かな僕らを何と例えよう?

"馬と鹿"。

米津玄師らしい、最高の解答ではないか。

 

 

呼べよ 恐れるままに

花の名前を君じゃなきゃダメだと

痛みは消えないままでいい

鼻先が触れる呼吸が止まる

あまりにくだらない願いが

消えない やまない

馬と鹿  作詞 米津玄師

彼のラスサビでの叫び声は、胸の中で驚くほどに響き渡る。

命の奥底が、歌声に共鳴するように震える。

命を燃やし、誰かの命のために、愛のために叫ぶ彼の歌声は、聴く者の命を揺れ動かす。

この曲が、普遍的に人類に愛され続けるであろうことを、私は確信している。

 

 

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