やせっぽち寄稿文

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【まふまふ/最終宣告】歌詞の意味を考察 刹那的に生きる人々への死の宣告...?


 

まふまふ『最終宣告』

ラスボス戦のBGMのようなエレクトリックなサウンドと死を謳った脅迫的な歌詞が命を揺らす、破壊力抜群の楽曲です。

最終宣告

最終宣告

  • まふまふ
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 専門学校HALの新CMソングに起用された同楽曲は、「明日が君の最後の夕食です。」という衝撃的なリリックからスタートします。

いつしか命を軽んじるようになった人々への、まふまふからの ”最終宣告”。

 ここでは楽曲の歌詞に注目しながら、まふまふさんの想いを考察していきます。

 

 

 

歌詞解釈

まふまふからの ”最終宣告”

まふまふさんは楽曲に寄せて、「若い方ほど刹那的に生きがちかと思います。本心と向き合い、たった一度きりの人生を謳歌して欲しい。」とコメントしています。

【 刹那的 】というのは「後先考えず、一時的な快楽を求めること」

楽曲中ではそんな若者に向けて、”最終宣告” という半ば強引なやり方により改心を迫っています。


攻撃, 脅迫, 犯罪, 刑事, 防衛, 銃器, ギャング スター, 銃, 脅す, 女性, 暴力団員, ピストル

 

依然 ただ呆然
「明日が君の最後の夕食です。」
世界を綴った数式ですら
解読不能が命と言うそうだ 

まふまふ 最終宣告

「明日が君の最後の夕食です。」

 まふまふからの ”最終宣告”  の正体は、私たちに余命を告げることでした。

勿論これは極端に強調した言い方であって、実際私たちが明日死ぬとは限りません。しかし後の歌詞にもある通り【 命 】というものは全くの解読不能。私たちが意識していないだけで、明日が最後の夕食にならない保証などどこにもないというわけです。

「明日死ぬかもしれないんだよ」という宣告の元、楽曲は進行していきます。

 

 

粗雑に昨日を費やしたその身
今日に祈るは滑稽
惰眠で捨てた秒針にすら
噛りついて縋るだろう 

まふまふ 最終宣告

 明日が最後だと知った途端、人間は過ぎ去ろうとする時間に縋り付くように生き始めます。死期を知ったら誰だってそうするでしょう。

《昨日はなんとも思わず粗雑に一日を送っていたのに》、です。

急に必死になる人間をあざ笑うかのように、まふまふさんは歌います。

 

 

どうだい? どうだい?
死にたがりばっかりだ
救われぬ惨状に牙を剥くような
病状になりました 

まふまふ 最終宣告

世の中には、死ぬことなんか考えずただ漠然と日々を送る人間で溢れかえっています。将来の事なんか考えず、ただ刹那的に生きる【死にたがり】ばっかり。

そんな世の中を嘆きつつも、彼は "最終宣告” という暴力的な形で世間に訴えかけることを選びました。そんな自分自身の姿を 「救われぬ惨状に牙を剥くような 病状になりました」自虐的に説明しています。

 

最終宣告だ 踊れやショータイム
生まれ落ちた故にワンサイドゲーム
散々だって投げ捨てる命なら
ボクにおくれ 

延命しようと指折りでグッバイ
それならばここらでターミナルケア
ノーワンエスケープスデス
最期に言い残した言葉を言え

まふまふ 最終宣告 

私たちは誰に頼むでもなく生まれ落ち、何不自由ない人生を歩んでいます。まさに【ワンサイドゲーム】。誰も ”死” という現実を見据えることなく、何の緊張感もない日々を過ごしていました。

 「明日君は死ぬ」という "最終宣告”。全人類が死に物狂いで生き急ぐ【ショータイム】が幕を開きます。

延命しようが無駄な【no one escapes death】、救いのない死。投げ捨てる命なら僕におくれ。死を目前にしてはじめて、人は命の大切さを知り生活を悔い改めます。本当はいつ死ぬかなんてわからないのに、いざ死が迫らなければ誰も必死に生きようとはしないのです。

 

【ターミナルケア】とは「余命宣告された患者の残された時間を充実したものにしよう」という医療の考え方のこと。ここでは転じて、明日の死を前に必死に生き急ぐ人間の様を言い表しているように感じます。

 

 

まふまふからのメッセージ

絶望, は, 自殺, 見込みのありません, 辞任, ピストル, 武器

絶え間ない自殺志願と 夢のひとつもないような郊外
困難極まりないご神体
やられっぱなしのまま ぱっぱらぱなしの人生
そんなのちっとも美味くねえよ
君はそれで終わりでいいのか?

まふまふ 最終宣告

祈られる神が困惑するほどに、絶え間なく続く自殺志願叶えたい夢の一つも持ち合わせていない人々

明日の死を宣告されなければ、ただやられっぱなしでぱっぱらぱの適当で受動的なつまらない人生を送るだけ。

【君はそれで終わりでいいのか?】

まふまふさんはそう問いかけます。

 

 

どうだい? どうだい?
心にもない言葉

―――くだらない生涯 もういいや。

まふまふ 最終宣告

 「くだらない生涯 もういいや。」

私たちは平気でそんな言葉を呟きます。本心からそう思っている気になって、さも当たり前のように。

しかし「明日死ぬ」という死の宣告の前で、本当に「くだらない生涯 もういいや。」なんて言えるのか?

本当は死が怖いんじゃないか? それは心にもない言葉なんじゃないか?

《人間誰しもが ”もうういいや” なんて思っていない》 という事実をここでは逆説的に導き出しています。

 

どうしたって患った 刈り取られる運命
不平等な間隔がさも均等にあった
今日だって雑踏が 我先にと各駅の電車に
飛び込んでいく

前触れもなく消えたアイツより
幾分でもマシな未来だよなあ?
まあ 悴んだ世界さ
それならば無様に生きてみせろよ

まふまふ 最終宣告

 誰だっていつかは死ぬ運命にありますが、誰がいつ死ぬかなんてことは実に不平等で不明確です。今日だって我先にと電車に飛び乗る人がいる一方で、何の前触れもなく消えていく命がそこら中に転がっています。だけどどこかで命の終わりは均等だと思いこむ人ばかり。

「明日が君の最後の夕食です。」

そう知って生きられるだけ【幾分でもマシな未来だよなあ?】

今生きているだけ幸せだと思え。死にたいなんて軽々しく口にするな。無様でも死に物狂いで生きて見せろ。

そう強く訴えかけられているような気がします。

 

 

トンネル, 通路, 地下道, 光, 神秘的な, 気分, 死, 死神, ハロウィーン

人間誰だって行く先は終点
好き勝手やるだけが解答
せいぜいリーパーに追われ続けてでも
言葉を言え

最終宣告だ 君は言い残した

生きると言え

まふまふ 最終宣告

 人間誰だって行く先は終点

例えそれが「明日までだ」とは言わずとも、遠かれ近かれ終わりは必ずやってきます。

「明日が君の最後の夕食です。」

そう言われれば死に物狂いで命乞いを始めるのが人間というもの。

だったら今日だって命を無駄にするな。リーパー(死神)に追われながらでも言い残した言葉を言え。

 

「生きる」と言え。

 

「明日が君の最後の夕食です。」

これは命を軽視する現代の人々へ向けた、まふまふの ”最終宣告” なのです。

 

 

感想・まとめ

別に誰に頼むでもなくこの世に生を受けて、何不自由ない人生を歩んで。

そんな日常の中で、いつしか人々は命を軽んじるようになっていました。死にたいなんて戯言を平気で口にするようになっていました。


ならそれならばと、まふまふが告げた ”最終宣告”

「明日が君の最後の夕食です。」

自分の余命を告げられて初めて、人々は秒針にすら縋り付いて命乞いをするようになるります。

死にたいとすら口にした自殺志願者が、いざ訪れる死を目前にして「生きると言い残すのです。

 
人は誰だっていつか死ぬ。

さあ踊れ。生きたいと言え。好き勝手生きろ。命を無駄にするな。

 
救われぬ世界の惨状にまふまふが贈った最終宣告。今一度、自分の人生を見つめ直すきっかけにいかがでしょうか…?

 

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