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【歌詞解釈】菅田将暉『まちがいさがし』/米津玄師プロデュースの話題曲を徹底考察


ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌、菅田将暉『まちがいさがし』。

先日MV再生数1億回を突破した楽曲「灰色と青」でコラボした米津玄師さんプロデュースということで大きな注目を集める一曲です。リリースは5月14日。

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楽曲について

「灰色と青」でのコラボ以来、プライベートでも親交を深めてきた菅田将暉さんと米津玄師さん。

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会うたびに「なんかやりたいね」と話していく中で、「菅田将暉に歌わせるんだったら気抜いた曲作れない」という米津さんの思いから、想定を半年ほど上回る長い時間をかけて楽曲が完成しました。お互いを天才と称えあう2人の熱い思いの詰まった一曲です。

また、楽曲完成後、ドラマ「パーフェクトワールド」の主題歌に決定。今年一番注目度の高い楽曲といっても過言ではないのかもしれません。

 

歌詞解釈

まちがい探しの まちがいの方に
生まれて来たような気でいたけど
まちがい探しの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う

相応しく笑い会えること
なぜだろうか涙が出ること

君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ
その日から何もかも
変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな
深い春の隅で 退屈なくらいに
何気なくそばにいて

間違いだらけのささいな隙間で
くだらない話をくたばるまで

正しくありたい 会えない淋しさが
何を育んだでしょう
ひとつずつ探し当てていこう
起きがけの 子供みたいに

君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんて どうでもよかった
瞬く間に落っこちた 青い靄の中で
君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ

君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ
その日から何もかも 変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな 深い春の隅で
誰にも見せない顔を見せて

君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 青い靄の中で
君じゃなきゃいけないと
ただ強く思うだけ

 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

「まちがい探しのまちがいの方に生まれて来たような気でいた」

この楽曲は、まちがいさがしのまちがいの方のようなどうしようもない自分、世界を、「君」という人物の存在を通して受け入れようとする楽曲であるように思います。

「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、 でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」。

この楽曲について、米津さんはこう語っていたそうです。間違いだらけの世界だからこそ、完璧な世界ではないからこそ、君に出会うことができた。それだけで、間違いか正解かなんてもうどうでもいいと思えた。だから、君といることで間違いの世界に生まれてしまった自分を肯定できる...というわけ。

1番からゆっくりと解釈していきます。

 


 

まちがい探しの まちがいの方に
生まれて来たような気でいたけど
まちがい探しの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う 

菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

 「まちがい探しの まちがいの方に生まれて来たような気でいた」。

誰もが抱える名状しがたい不安です。自分の存在を肯定できないのは、正しい理想像としての自分の存在を心のどこかで思い描いていて、それが自分とどこかかけ離れた存在だからなのかもしてません。自分であることには変わりないけれど、現状の自分は何かができそこなっている。ここではそんな自分を「まちがい探しのまちがいの方」と捉え、正しい理想の自分の姿、世界との対比を「まちがいさがし」と見事に表現しています。完璧な美しい比喩です...

でも、まちがいのほうだからこそ、完璧な世界ではないからこそ生まれる出会いもあるはずです。理想の自分が歩む人生では決して出会うことがなかったであろう人物。この楽曲では、一曲を通してその人物に対する思いが歌われていきます。

 

相応しく笑いあえること
なぜだろうか涙が出ること

菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

「君」という人物と過ごす時間に関する描写。この曲では「君」に関する描写が極端に少ないため、主人公と「君」の関係性がわかる数少ない歌詞となっています。

笑いあい、なぜだか涙があふれてくるほどに、心を通じ合わせている様子がうかがえます。それが恋人なのか、親友なのかは人それぞれ違うのでしょうが、誰しもが持つ大切な存在。「~こと」と事実を列挙するにとどめていて、それがどうなのかということは語られていないのですが、言葉であらわせないような喜び、幸せが歌詞の背景には存在しているように感じられます…

 

君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ
その日から何もかも
変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな
深い春の隅で 退屈なくらいに
何気なくそばにいて 

菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

 1番のサビです。

「君」の目が胸を貫いてから、「何もかも変わり果てた気がした」。

変わったものは、間違いをさがして今の自分を受け入れられなかった考え方・世界の捉え方でしょう。間違いだらけの世界でも、心を通じ合う「君」といればそんな世界がなにもかも変わり果てた気がするんです。

「風に飛ばされそうな深い春の隅」。ただでさえ儚い「春」という季節に「風に飛ばされそうな」という形容がなされ、しかもその「隅」ということで非常にもろくて不安にあふれた主人公の現状が表現されています。そこで、「君」にそばにいてほしい。君がいれば、自分の今いる間違いだらけの世界を受け入れられるから、「間違い」として生きる不安を払拭できるからです。

続けます。

 


 

間違いだらけのささいな隙間で
くだらない話をくたばるまで

正しくありたい 会えない淋しさが
何を育んだでしょう
ひとつずつ探し当てていこう
起きがけの子供みたいに

菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

2番冒頭。

 間違いだらけの世界であっても、その合間には君とのくだらない話を。「君」の存在がまちがいの方の自分を肯定してくれるからです。

間違いの世界に生まれてしまった以上、「正しくありたい」と思ってしまう不安や、自分を変えてくれる「君」に会えない時の寂しさはどうしても付きまといます。しかしそれをマイナスにとらえるのではなく、その境遇が育んでくれた何かを探しに行こう。それが不安を解消してくれるから。そう歌っています。起きがけの子供は、親が周囲にいないことに不安を感じて親を探そうとします。それと同じように、不安ならばそれを払拭してくれるものを探そうという考えです。

 

 君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 青い靄の中で
君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ

菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師

 2番サビ。「間違いか正解かだなんてどうでもよかった」という部分が印象的です。

自分がいるのは間違いの世界なのかもしれないけれど、「君」といられるのならばもはやそんなことはどうだっていいんです。「君」と出会えたということだけでも、間違いの世界を生きる意味として十分だからです。

「君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ」。

不安でどうしようもない状況でできることはただそれだけなんです。「君じゃなきゃいけない」という状況が大切だから。冒頭の歌詞で述べられる通り、「君」は間違いの世界でしか会うことができなかった人物です。ここでもし君じゃなくて、正しい世界のだれか別の人でもよかったのであれば、主人公は自分がまちがいの世界に生まれたことを肯定できなくなってしまう。だから、主人公ができることは「君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ」。切実な思いの込められた一文だと思います!

後の歌詞は繰り返しになっちゃうので省略させていただきます。

 

 

「君」の存在を通して語らられる自己肯定の歌。「まちがいさがし」という比喩がとてつもない美しさを放っています。菅田将暉さんの楽曲に対するメッセージを引用させていただき、歌詞考察の結びとさせていただきます。

 

 


四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。救いでも祈りでもない集い。「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。

菅田将暉

 

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