やせっぽち寄稿文

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RADWIMPS 「万歳千唱」「正解」歌詞解釈と18祭!


「RADWIMPS 18祭」

NHKにて2018年10月に放送された、18歳前後の若者を募集して、ひたすらに練習して、たった一回、2曲だけを共に歌う夢のステージ。

 

ここでは、そこで歌われた2曲の歌詞、解釈、そして18祭という番組の感想をお伝えします!

歌詞がとにかく素晴らしい。自然と目頭が熱くなりました。

解釈と言いつつ感想に近いかも…

  

2019年1月14日より、「正解」「万歳千唱」ともに「18祭」の映像がYouTubeに公開されました!何回見ても泣きそうになる…もう一度聴きたい方、まだ聴いたことがない方はこちらからどうぞ!

【18祭】「万歳千唱」RADWIMPSと1000人の18歳、魂のステージ - YouTube

【18祭】「正解」RADWIMPSと1000人の18歳、感動の歌声 - YouTube

 

12月12日発売のRADWIMPSのアルバム、「ANTI ANTI GENERATION」に「正解」「万歳千唱」ともに収録されております。是非お買い求めを!

万歳千唱

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  • RADWIMPS
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正解

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歌詞の引用に関しましては、文化庁の示す歌詞の引用の要件を満たす範囲で記載しております。

 

以下常体。敬称略。

 

 

 

18祭を通じて

もう青春そのものだった。

今も放送を思い出すだけで鳥肌が立つ…

歌詞がとんでもない。

ただでさえRADの歌詞の世界観は感動的なのに、歌詞の対象が明確に示されていることで心を抉るような鋭さを帯びる。

 


 

万歳千唱

まず「万歳千唱」

喜びに「万歳三唱」なんかで足りるものか。そんな思いで名付けられたこの曲。

この曲の歌詞はとにかく言葉巧みに聴き手を前向きな方向に導いてくる、魔法のような楽曲だ。いうなれば「魔曲」とかいうやつ。

 こんな言い方が正しいのかはわからないが、うまく聴く人を楽観的思考に誘導しているように思う。歌詞に乗っかって進行していくと、気が付けば悲しんでいる自分がばからしくなってくる。

数行では語りきれないので、細かく解釈していきたい。

 

1番

濡れた瞳で明日を目指す意味を

僕は今でも探し続けてるよ

笑われたりしないことが君の生きるゴールなの?

笑われてもビクともしないモノを探していたんでしょ

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

 泣きながら、笑われながらでも生きる意味を探し続けている。

若者、さらに言えばTeenagerに向けて送られたこの曲。

「そりゃそうだけど。そうなんだけど…」そう言いたくなってしまう冒頭。

 

思い出せるかな 僕が今まで描いては路地裏にポイ捨てした夢の数

だけどこの街はそんな夢さえ吸い込んで新しい明日を吐き出す

騙されたりしないように生きるのに少し疲れたよ

アンテナの傘もとうにボロボロになってしまったよ

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

時間は僕らの後悔なんか気にも留めずに進んでいく。汚い世の中で生きるのにはもう疲れた。

そんな風に、この歌詞は聴き手に寄り添ってくれる。

もう疲れた。だからよしてくれ。

そんな思いに駆られていると、曲はサビに差し掛かる。

 

君の中のカナシミを喜ばせて

君の中のクルシミを勝ち誇らせて

なぁどうすんだよ おいどうすんだよ

その影に隠れ震える笑顔の手を取れるのは

君だけだろう

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

落ち込んだってどうしようもないだろ。自分を動かせるのは自分だけだろ。

寄り添ってくれた先ほどまでとは一転、思いっきり突き放される。

思いっきりどうしようもないことを突きつけられる。

これはあれだ。「会心の一撃」2番のBメロと同じパターン。一度聴き手をその気にさせといてぶん殴ってくる手法である。

自分で自分予測変換 説明書などなしで充分だって
じゃあどこのページに書いてあった?
その「しょうがないだろう だってしょうがないだろう」

RADWIMPS  会心の一撃

 気持ちよく「説明書なんかなくたって自分のことくらいわかってるさ」なんて歌っておいて、「じゃあその妥協は何なの?」と弾き飛ばしてくる。なんだかずるい手法だ。でもこの不意打ちがあるからこそ、歌詞の真意が心に突き刺さる。

 

そして2番ではこの「君の中のカナシミ」「君の中のクルシミ」が描写される。

 

2番

悲しみは君の涙を栄養にすくすくと大きくたくましく今日も育っていく

ほらまたその大きな溜息が何よりの彼らのごちそうでヨダレ出して待っている

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

ずっと落ち込んでいても、それでは「カナシミ」の思う壺だ。

ここで「カナシミ」擬人的に表してきたことで、完全なる悪役だったそれが少し哀愁を帯びてくる。そして、「カナシミ」が敵ではなく、自分が育ててしまったものとして扱われている。この考え方に自然に誘導されることで、わざわざそれを育てている自分が馬鹿らしくなってくる。ずるい。

 

そうさヤツらの敵は君のハチ切れそうなその笑顔と声さ

それで木っ端みじんだ

君がどんな顔で笑うかを彼は知っているよ

打ち上げ花火みたいに笑う君がいるよ

君が笑わないとさ それじゃ思うツボさ

さぁいざ、迎えにいこう

 

やつらの敵は君の笑顔だ。だから笑って生きろ。

いたって単純でいて、どんな科学的な論文よりも説得力がある主張。

もう悲しんでいる自分が情けなくなってくる。そして笑えてくる。

「悲しみ」というどうしようもないものを、ここでは笑顔で簡単に払いのけられる「カナシミ」に変換してくれたことで、たいしたものではないような、そんな印象を与えてくれる。

 

(中略)

君の中のカナシミを喜ばせて

君の中のクルシミを勝ち誇らせて

なぁどうすんだよ おいどうすんだよ

君の笑顔にさせてやろうぜ万歳三唱

万歳千唱

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

(中略)の部分は1番のサビのリピート。

「カナシミ」を育てたのは自分自身。それを喜ばせてどうするんだ。笑い飛ばしてやれ。

ここまでくればもう。

気づいたら野田洋次郎の掌の上。 

何もできちゃいないのに、何でもやってやれるような気がしてる自分がいる。

もう一緒になって大声で歌いたいと強く思ってる自分がいる。

なぁどうすんだよ おいどうすんだよ

そう訴えかけてくる。もうなすすべはない。やるしかない。そう思わされる。

これこそが野田洋次郎さんの狙いなのだと思う。序盤で弱音を吐いておいて、サビでそれを思いっきり突き放す。そして2番では、だからあとは笑えと諭してくる。この完璧な展開の中で、聞き手は自然と「笑って何でもやってやろう」という気になるのである。彼がこの曲に仕込んだ魔法だ。

 

濡れた瞳で明日を目指す意味を

僕は今でも探し続けているんだよ

旅し続けているんだよ

RADWIMPS 「万歳千唱」 作詞 野田洋次郎

そして冒頭の歌詞がここで再びやってくる。完璧。もう完全に聴き手はその気。

カナシミと闘いながらでも生きる意味を、僕は今でも探し続けている。

ありがちだけれどこれ以上ない歌詞構成である。

 


 

18祭、「万歳千唱」が1曲目。ここからが2曲目の歌詞解釈である。

 

 

「正解」

18祭2曲目、「正解」。いわゆる卒業ソングとかいうジャンルの曲だが、強烈なインパクトを聴き手に与えてくる。

結論から言うと、この曲は正解なんてなんにも与えてくれやしない。

ただ、純粋に、まっすぐに、それでいてひねくれた形で、こちらにとんでもない課題を投げつけてくる。学校の試験なんてちっぽけなものよりよっぽど大きくて、抽象的で、もうどうしようもないような問いを。

 

先ほど同様細かく解釈していく。

 

1番

この先に出会うどんな友とも分かち合えない秘密を共にした

それなのにたったひと言の「ごめんね」だけやけに遠くて言えなかったり

明日も会うのになぜか僕らは眠い眼こすり夜通しバカ話

明くる日案の定机並べて居眠りして怒られてるのに笑えてきて

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

 冒頭部分。誰しもが経験する、眩しい青春の1コマである。ばからしくて、間違ってて、大人には理解されないようなことを全力で楽しんでいる。たった4行の歌詞なのに、十分にその青い春が凝縮されているように思える。 

 

理屈に合わないことをどれだけやれるかが青春だとでも

どこかで僕ら思っていたのかな

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

 おかしなことをどれだけやれるかが青春だとどこかで思っていた。

ここでふいに視界が悪くなる。 「思っていたのかな」。つまり、当時はそれでよかったかもしれないが今考えれば間違っていたのかもしれない、といった不安をここで植え付けられる。

 

あぁ 答えがある問いばかりを教わってきたよ

そのせいだろうか

僕たちが知りたかったのは いつも正解などまだ銀河にもない

一番大切な君と仲直りの仕方

大好きなあの子の心の振り向かせ方

なに一つ見えない僕らの未来だから

答えがすでにある問いなんかに

用などはない

 RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

学校で教わることには必ず「答え」という正しさがあるけど、人生にそんなものはない。本当に僕たちが知りたいのは、誰も知らない、人生の歩み方そのものなのに。

1番サビ。 

今までは 「理屈に合わないことをどれだけやれるかが青春だ」と言い張って、答えのない問いからは逃げてきた。でも、本当に知りたかったのは「答えのない問いの答え」だったんじゃないのか。

そんなどうしようもない事実を、「答えがある問い」に用がなくなるとき、すなわち卒業のタイミングで伝えられるのである。大きな衝撃を受ける。

 

 2番

これまで出逢ったどんな友とも

違う君に見つけてもらった

自分をはじめて好きになれたの

分かるはずない

君に分かるはずもないでしょう

並んで歩けど

どこかで追い続けていた君の背中

明日からはもうそこにはない

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

君にはわからないだろうけれど、おかげで新しい自分に出会えた。

でもそんな君はもうここにはいない。

ここで「別れ」「卒業」といった場面が明確に示される。

 

あぁ 答えがある問いばかりを教わってきたよ

そのせいだろうか

僕たちが知りたかったのはいつも正解など大人も知らない

喜びが溢れて止まらない夜の眠り方

悔しさで滲んだ心の傷の治し方

傷ついた友の励まし方

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

2番サビ。このどうしようもない気持ちをどうすればいいのか。

勿論、答えなんて宇宙のどこにもない。でも、僕らが本当に知りたかったのは数学でも英語でも国語でもなく、そんなどうしようもないことだったんじゃないのか。

そんな風に聴き手を掻き立ててくる。

 

 

あなたとはじめて怒鳴りあった日

あとで聞いたよ 君は笑っていたと

想いの伝え方がわからない僕の心

君は無理矢理こじ開けたの

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

 

君が僕を変えてくれた。

ある意味この「君」という人物は、「答えのない問い」になんらかの回答基準をもたらしてくれる存在だったのかもしれない。

 

あぁ 答えがある問いばかりを教わってきたよ

だけど明日からは僕だけの正解をいざ探しに行くんだ

また逢う日まで

RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

答えのある問いにもう用はない。明日からは自分の人生の答えを自分で探しに行くんだ。

再びその必要性を説かれる。

 

そしてここで、もはや「これは歌詞なのか」と疑いたくなるような、衝撃的な問題文を投げかける。

 

次の空欄に当てはまる言葉を書き入れなさい

ここでの最後の問い

「君のいない明日からの日々を 僕は/私は きっと◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎」

 

制限時間はあなたのこれからの人生

解答用紙はあなたのこれからの人生

答え合わせの時に私はもういない

だから採点基準はあなたのこれからの人生

 

「よーい、はじめ」

 RADWIMPS 「正解」 作詞 野田洋次郎

卒業してしまって、もう「君」に会うことはないだろう。卒業の時、別れの時、与えられる最後の問題は「これからの人生をどう生きるのか」。そして解答はすべてあなた次第。解答開始。

 

答えは銀河のどこにもないし、学校でも教えてくれはしない。 

これからの人生をどう生きるのか。

 

一生かけて考えるしかないような問いを、今この瞬間受け取ってしまった。

あまりに無責任で、強引で、漠然とした問い。

気付きたくもなかった、いままで「青春」を理由に逃げてきた、答えのない問い。

それを「よーい はじめ」と、避けようのない形で一方的に手渡されてしまったのである。

 

 どうして「正解」なんてタイトルなのだろう。

答えを知りたかったが、考えようとしてこなかった、考えたくなかった問いを最後に持ってきた。ほんとうに最後の最後に。

 

 

答えがすでにある問いなんかに 用などはない

 

もうグーの音もでない。

 

 

もうただただRADWIMPSに感動させられた。心を突き動かされた。

本当に素晴らしい曲を聴かせてもらった。感謝しかない。

 


 絶対に心動かされるので、聴いてない方は是非聞いてみてください!!!

 


 

興奮を言葉にするために、野田洋次郎さんの敬称を省くなど多数の無礼を働きましたことをお許しくださいm(_ _)m

 

以上で終わります。

お読みいただきありがとうございました!

 

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